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りゃくご倶楽部③ 愛と妄想の『ムンテラ』物語

僕は個人的に言えば、医療者間でつかう言葉は『アイシー』でも『ムンテラ』でもどちらでも構わないと思っています。ただ、患者さんに、『アイシーしますよ』とか『ムンテラします』というのは、隠語を押し付けているようなもので、相手にこちらの意思を理解してもらおう、という人間としてのそもそもの思いやりに欠ける行為だと思うから嫌いです。僕は、患者さんには、病気の説明とか、手術の説明をします、と言っていたし、単に、お話をしましょうか、という言い方もしていました。患者さんとは言え、人生の大先輩にに向かって、こちら側の都合だけで言葉を選ぶことは気がひける思いがします。

それはともかくとして、僕は、ここでもう一度、『ムンテラ』の復権を呼びかけたいと思っています。

『ムンテラ』は医師のパターナリズムを象徴する言葉としてやり玉に上がって、『アイシー』という言葉に置き換わったと前回に書きました。その当時の医療の実態、患者さんへの説明の状態がどのようなものだったかは、伝聞と書籍(しかもその多くは医療を批判的に書いたもの)から知ることができますが、1970年から2000年以前の医師の患者さんへの説明は、今ほど細かくなかったことは予想できます。批判されているように、細かい説明はなく『何も心配しないで任せておけば良い』と言うだけの昔気質の先生もいたでしょうし、実際にごまかしたり言い逃れをする酷い医師もいたかもしれません。しかし、今ほど細かくないにしても誠実に患者さんに説明していた医師が大半でしょうし、『任せておけば良い』というのは、『患者さんは余計な心配事をしないで今の治療に専念すればいいですよ』という配慮や、医師としての責任感や哲学がその背景にあったからではないだろうか、と思います。

そもそも、医師と患者さんの関係は、専門家と素人です。困っている患者さんの体を治療し、健康になるように教育するのが医師の専門家としての仕事です。そのために、6年間も大学に通い、国家試験が課せられ、その後も日夜勉強と努力をしています。今や、インターネット上に医療情報が散乱していて、どんな人でも『にわか専門家』になれる時代で、色々な素人が医療情報を提供しています。細かいことまで勉強して膨大な情報を提供している方もいらっしゃいます。そのほとんどは正しい情報かもしれません。ただ、そのような方の多くにみられる大きな間違いは、『正しいこと』と『大切なこと』を見分けられていないところだと思っています。多くは情報の羅列で、とるに足らないことをことさらに恐れたり、本当に重要な部分を見逃していたり。情報を羅列するだけなら、時間さえあれば誰にでもできます。しかし、『正しいこと』と『大切なこと』を見分けて、整理し、しかもそれを患者さんの診療に活かせる知識として持っていることが素人と専門家の力の差だと言ってもいいかもしれません。どんなに情報を持って調べている患者さんでも、量と質と、それを使う力に関して専門家の医師に及んだり超越する人はまずいません。そこには圧倒的な差があって、だからこそ、専門家と素人なのです。

(ここでこの先の話に誤解があるといけないのではっきりとさせておきますが、患者さんを素人といって馬鹿にしたり蔑んだりする意図は全くありません。医師だって医療ムラでは専門家ですが、当然のことですが料理やコンピューターでは素人です。単にそういうことです。)

『ムンテラ』は医師のパターナリズムを象徴する言葉だと批判されました。
医師は、患者さんの体の中でどんなことが起こっていて、どんなことをすれば良いか、を説明します。この中には、実際の手技や薬の説明もそうですが、患者さんの考えていることや信じていることを聞き出し、訂正し、より健康になれるように導くことも含まれます。これは簡単に『教育』とも言います。専門家が素人に教育する訳ですから、ある程度の差のある関係は生まれます。この関係の中で、医師が親のように患者さんに接するのは批判されるべきことなのか、疑問に思います。親と子と言ってもいろいろあり、3歳児には3歳児への接し方もあれば、オヤジと30歳を越えた息子とでは、自ずとそのやり方は変わってきます。ただ、どちらにしても、その関係は愛情で裏付けされています。親が父親の役割と、母親の役割があるように、医師もその両方をもち、時には父親のように、時には母親のように、患者さんを診療し教育していくことは、今でも昔も当然のことのように思うのですが、この父親の部分、すなわちパターナリズムだけが批判対象になることには意図的な悪意すら感じてしまいます。


何はともあれ、『ムンテラ』を排除して『アイシー』が定着しました。これには、患者さんの知る権利を十分すぎるほど医療界に浸透させた大きな功績があると思います。僕自身も、患者さんの情報は全部、患者さんのものであると考えていて、これが当たり前になったことは素晴らしいことだと思います。

ただ、この『アイシー』のもたらした弊害もあると思います。

それは、情報の伝達だけに価値が置かれてしまっていることです。患者さんは、とにかく細かいことでもどうでもいいことでも『知らない』ということに不安を抱き、言った言わないの、揉め事が増えました。そして、『聞いていない』『知らない』と言えば、医師側が分が悪くなるという勘違いから、『聞いていない』『知らない』ということが絶対的な権威を持っていると勘違いしている患者さんが増えたと思います。医師は、膨大な情報を提供するので手一杯で、それ以上に大切なことを伝えられなかったり、酷くなると、情報さえ提供しておけばそれでよい、という姿勢の医師もいます。それを選択するのは患者さんだから、医師には責任がないと感じている若い先生は明らかに増えたと思います。

これはそもそもの医師患者の信頼関係の崩壊につながる恐れのあることなのだけど、翻って考えてみると、それは当然のことだとさえ思います。そもそも、『アイシー』というのは契約上の取り決めであり、契約とは信頼関係がないからこそ必要なことなのかもしれません。初めから信頼関係の存在した日本の医療ムラの信頼関係を壊し,新たに契約という概念を持ち込んだのが『アイシー』であり、こうなることはむしろ自明かもしれないと思ったりもします。

権利があるところには、かならず責任が生まれる。これは契約が成り立つ大人の世界の常識だと思います。しかし、患者さんの権利意識ばかり肥大して、そればかりを大声で主張する患者さんが増えつつあるこの国。情報さえ提供して患者さんに愛情や責任感をもって接することのできない医師が増えつつある日本は、そもそも大人の社会としての成熟さがないではないか、と悲しくなります。



信頼関係で結ばれた家族のような『ムンテラ』、大人だけど個人主義的な契約の『アイシー』。




この言葉について考えている間、こんな妄想をしていました。
いつのことだかわかりませんが、『ムンテラ』という言葉を思いついた人がきっといたはずです。『医師の患者さんへの説明には、患者さんを元気づけて勇気づける力があるときがある。いや、そうあるべきだ。医師がいつも患者さんを元気づけ勇気づけ、愛情を持った言葉で話しかけ説明するのも医師の仕事の1つだし、治療の1つなのじゃないか。医師は患者さんへの言葉をもっと大事にすべきなのじゃないか』と考えて発見した言葉が『Mundtherapie』だったのじゃないかなって。それを聞いた同僚が、あ〜それは確かにそのとおりだ、とその心意気を共感して、使い始め、それをまた周りが共感して、言葉と一緒に心意気を共有していったんじゃないかな〜って。言葉と心意気は全国に広がって、長い間浸透して、医師の共通認識になった。だからこそ、僕のオーベンもこの言葉と一緒に意味を理解していて、僕に教えてくれたのではないかな。そう考えると、この言葉をその心意気と一緒に使い始めた先輩の医師やそれに共感してこの言葉を使い続けた先輩方の、医師としての責任感やその職業意識や気持ちに胸の熱くなる思いがしました。






たかが言葉、されど言葉。『ムンテラ』と『アイシー』。二つの言葉を独断と偏見と妄想で掘り下げてみましたが、ここまできて、人の体温の感じる『ムンテラ』という言葉が好きになりました。













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  1. 2012/07/29(日) 00:47:52|
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りゃくご倶楽部③ 『ムンテラ』と『アイシー』が説明する時代の移り変わり(後編)

さて、敗戦国となったドイツと日本が復興に必死な頃、アメリカは医学の世界でも先進国にのし上がりました。ドイツや日本が戦争の爪痕をようやく癒しはじめた頃,アメリカは不安定な時期を迎えていました。1960年代に始まった差別撤廃運動から始まった社会運動の波は、いろいろなところに『権威』を見つけ出し、それに対する『弱者』を守ろうとする運動を生み出していったようです。そんな時代だったのでしょう。その時代の波の中に、医療もありました。医療の『弱者』としての患者さんの権利を守る運動の中でInformed consentという言葉が生み出されました。

アメリカが風邪をひけば日本にうつるというのは今もあまりかわりませんが、日本にもこの社会運動の雰囲気は輸入されて、同じように患者の権利運動が起こりました。社会運動にはわかりやすい敵としての『権威』と、誰もがすっきりわかって使える『スローガン』と、強引でもなんでも理解しやすい『理念』が必要なのは歴史が教えてくれますが、日本での患者の権利運動でも当然『権威』として医師がやり玉にあげられました。それまでの医師の『オレに黙ってついてこい』的な医療は、医師の『パターナリズム(父権主義)』そのものであり、それは『弱者』としての患者の権利を無視したものであるというの『理念』のもと、その権威の象徴として『ムンテラ』という言葉が引き合いにだされました。『ムンテラ』という言葉には、口で治療するという意味があり、それは医師が素人で弱者である患者を『いいくるめる』とか『口先の説明でごまかす』だという解釈がその理由のようです。『ムンテラ』に変わる概念として登場した『スローガン』がinformed consent、『アイシー』で、『患者は十分な説明をされて同意する権利を有する』という、今となっては当たり前の概念を医療界に定着させました。

これはこれで素晴らしいことだとは思います。ただ、僕はこのことが医療ムラから最も大切な何かを同時に奪ってしまったのではないかと思えてならない部分があります。モンスターペイシェントの出現などはその象徴のように思えてなりません。

こうして、『ムンテラ』は『アイシー』に取って代わられます。病院内では『ムンテラ』はイメージの悪い言葉で口にするにも恥ずべきで『アイシー』という言葉を使いましょう、という言葉狩りが行われ、僕が医師になった2003年でさえ『ムンテラ』と言うものなら、そりゃもう、教室でうんこをもらした時のような目で見られました。これは、僕の尊敬する先輩に聞いた話ですが、その先輩がアメリカ留学から帰って来たら『ムンテラ』がすっかり『アイシー』のとって変わられていたそうです。先輩が留学していたのが2000年頃なので、その前後に『アイシー』が『ムンテラ』を追い出したのだと思われます。

ただ、このinformed consentという言葉には大きな欠点がありました。それに含まれる概念を言い表す、すっきりした日本語訳を発見できなかったということです。患者の権利運動はある程度の成果を上げたように思いますが、この『アイシー』はその運動にさんざんもてあそばれたにも関わらず、素敵な日本製の服を着せられないまま、日本の医療ムラにすみ続けることになりました。

そうこうするうちに時間も経ち、いろいろなものがゆる〜い時代になって、今では『ムンテラ』でも『アイシー』でも同じように、単に医師が患者さんに説明する行為そのものをさす言葉になり、医療ムラで仲良くくらしましたとさ。めでたし。めでたし。





  1. 2012/07/28(土) 19:20:46|
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りゃくご倶楽部③ 『ムンテラ』と『アイシー』が説明する時代の移り変わり(前編)

医学部ではドイツ語を勉強するのでしょう?とか、医師だとドイツ語ぺらぺらでしょ?とかきかれることも少なくありません。でも、これは全くの誤解で、『医師=ドイツ語』というのは今となっては過去の話だと思います。今現在、ドイツ語を必修科目としていない医学部も割とあるようで、実際、僕も大学の時にはドイツ語ではなくて中国語を履修していました。

では、いつから『医師=ドイツ語』という関係が始まったのでしょうか?


むか〜しむかし。それは、明治時代の頃。日本の医学教育も西洋化しなければならないという議論になり、どこの国の医学を導入するか?という政府の決定をしなければいけない時期がありました。

その当時、世界で医学先進国は、外科の消毒法を確立したリスターや近代看護の母ナイチンゲールの活躍していた臨床中心のイギリス、細菌学の基礎を築いたコッホのいる基礎医学中心のドイツが、その両雄でした。この両国に日本人も留学生を送り込んでいました。明治政府の公費をもらい第1号の留学生となった佐藤進はドイツのベルリン大学で学んでいます(佐藤進は佐藤尚中の養子で、この佐藤尚中の父親の佐藤泰然は佐倉順天堂を開設し、これが後の順天堂大学になります。佐藤進がドイツに着いた時に、すでに青木周藏などが不法に密かに留学していたことに驚いた話は有名ですが、当時の日本人の熱意には敬服します)。多くの日本人医師が帰国後に、それぞれイギリス学派、ドイツ学派というグループを作り、両者の間にはいろいろな確執がありました。イギリス学派には海軍の高木兼寛が、ドイツ学派には陸軍の森鴎外がいて、これが有名な『脚気論争』での確執に繋がり、第2次世界大戦にまで引きずる海軍と陸軍の不協和音の原因の1つになっていきます。この話はかなり面白いのですが、今度、また機会のある時に。

閑話休題。

そのどの国の医学を輸入するか?という会議では、佐賀藩出身で佐倉順天堂、オランダ人医師ボードインから医学を学んだ相良知安の画策で、下馬評で絶対的に有利だった薩摩人の推すイギリス医学はドイツ医学にまさかの敗北を期して、それ以来、ドイツ医学が日本の医学の手本として本格的に採用となりました。東京大学や主要な医学校にはドイツ人医師が次々と就任し、当然ドイツ語での授業が行われ、医師はドイツ語に精通する必要があったようです。

日本医学がドイツ医学に学ぶ時代は、第2次世界大戦集結まで続いたようです。戦後のGHQ支配下の日本で、医学部でドイツ語が教えられたのか?あるいは、戦後の医学部でどうして相変わらずドイツ語が必修科目として残ったのかは謎ですが、医学はアメリカの時代になり、医学を学ぶ上で必要な言葉はドイツ語から英語に変遷したのは明らかです。実際に、医学部時代も含め医師になっても勉強したりするうえで、ドイツ語が必要だったことは僕自身皆無でした。僕のおじいさんのような方で、戦前に医学部を卒業した先生がまだ現役で医師をされていますが、この間お会いした時に相変わらずカルテは全部ドイツ語で書かれていて驚きました。もっとも、ミミズがはったような字とはまさにこのような字で、ドイツ語と言えばドイツ語ですが、アラビア文字と言えばアラビア文字に見える文字でしたが。ともかく、戦前に学んだ医師と戦後に学んだ医師ではドイツ語能力には歴然の差があるのだと思います。

そんなドイツ医学傾倒の明治時代から昭和初期に『ムンテラ』という言葉は医師の間で使われはじめたのではないかと僕は考えています。『ムンテラ』というドイツ語っぽい言葉が使われるはじめるためには、その言葉を聞いて、あ〜そういうことね、と納得する土壌が必要だからです。初めてこの言葉を使っている人から、次の人に伝わり、さらに次の人と伝わって『流行る』には、それを使う人たちにその言葉の意味や良さを理解できる能力が必要です。Mundtherapieをきいて、あ、それいいね!!というには、それなりのドイツ語能力が必要だと思われます。ですから、この『ムンテラ』が定着したのは、戦前ではないのかな?と考えています。ただ、『ムンテラ』が『和製』ドイツ語と決めつけるには証拠が足りなさすぎるとも思っています。もしかすと、明治時代のドイツでは普通に使われていた、所謂『死語』かもしれませんし、実際に今のドイツでMundtherapieという言葉が使われないかと言えば、そうではなく、『Mundtherapie』というタイトルの本も出版されています。



  1. 2012/07/26(木) 03:38:26|
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りゃくご倶楽部③ 『ムンテラ』と『アイシー』が説明する時代の移り変わり (枕)

すずさんのコメントから

術前説明・・・って、「ムンテラ」でいいんですか?
単にそうであればそうであっていいんですが何か・・・、違和感あります。気


そうですね!!りゃくごの代表選手を忘れていました。『ムンテラ』。病院できいたことがある人も少なくないと思います。

この『ムンテラ』は、ドイツ語の『ムントテラピー Mundtherapie』の略だと教わったことがあります。『口による治療という意味があって、大事な医師の仕事』だと僕のオーベン(先輩の医師)はコベン(オーベンに師事する若い医師)の僕に神妙に教えてくれたので、オーベンのする『ムンテラ』の内容を必死にカルテに書き留めたものです。

『ムンテラ』はムント(口)とテラピー(治療)の熟語のようで、『口による治療』というそもそもの意味があり、一般的には医師が患者さんに病状などを説明する行為のことを指します。術前説明にせよ、術後の説明にせよ、病室で立ち話で病状を説明したにせよ、全ての説明のことを『ムンテラ』と呼びます。

ただ、ドイツでは医師から患者さんへの説明のことをムントテラピーとは言いません。ドイツ人の同僚に日本ではこんな言葉があるんだと言ったら、『歯でも悪いのか?』と笑っていました。実際にドイツ語の辞書にもそのような言葉は見当たりません。web上では、日本人が作った和製ドイツ語ではないか、という説が有力のようですが、ムンテラの語源をはっきりさせることはできませんでした。いつ頃から、だれが使い始めた言葉なのか?是非、今後も調べていきたいと思っています。

一方、医師の患者さんへの説明のことを最近は『アイシー』と言ったりします。これは、Informed consentの略 ICから来ています。この『アイシー』は日本語に訳すと、『十分な説明の上の同意』や『説明と同意』などとなりますが、しっくりくる訳が難しいせいもあるのか、そのまま『アイシー』という言葉が流行って定着してしまったようです。契約国家のアメリカでは、informed consentは契約を結ぶ上での前提条件として法律の世界でも使われることもあるようですが、日本では医療界だけで使われる言葉で、しかも、『全ての医療行為は医師が患者さんにそれを知らせたり同意無しにすることは許されず、医師から納得いく説明をしてもらいそれを十分理解した上で同意する権利を患者さんは有する』という本来の意味はやや薄れて、単に医師から患者さんに説明する行為を指す言葉として使われていることが多いような気がします。看護師さんが、『先生からアイシーがありますよ〜』と患者さんに言うことがありますが、本来の意味を考えて『先生からinformed consentがありますよ〜』となると、一体なにがなんだかわからなくなります。

ちょっと歴史の話をすると、この『アイシー』は第2次世界大戦後の患者さんの権利の確立の歴史の中で生まれてきたようです。ナチスドイツの人体実験のような惨事を繰り返さないために人体実験や臨床試験のルールを定めた『ニュールンベルグ綱領』や『ヘルシンキ宣言』と、アメリカでの人種差別反対、女性差別反対などの時代の中で行われた患者の権利を見直す運動などに思想的な背景があるようです。実際には1958年に Paul G. Gebhardさんが初めてこのinformed consentと言う言葉を使ったとされています。



この『ムンテラ』と『アイシー』。今となっては、どちらも単に医師が患者さんにする説明行為を表す言葉ですが、時代に翻弄され、嫌われ者になったり人気者になったり、そんな関係にあります。それは次回以降に。乞うご期待。



ちなみに、冒頭の
『この『ムンテラ』は、ドイツ語の『ムントテラピー Mundtherapie』の略だと教わったことがあります。『口による治療という意味があって、大事な医師の仕事』だと僕のオーベン(先輩の医師)はコベン(オーベンに師事する若い医師)の僕に神妙に教えてくれたので、オーベンのする『ムンテラ』の内容を必死にカルテに書き留めたものです。』ですが、ムンテラもオーベンもコベンもカルテもドイツ語っぽい言葉です。しかし実際は、ドイツでもドイツ語でもオーベンも先輩の医師のことは指ささないし、カルテはちっこいキャッシュカードのようなものをさす言葉だし、ドイツ語由来の医学用語としてまかり通っているものには、相当数の『ドイツ語もどき』もしくは『雰囲気ドイツ語』が混ざっていると思います。コベンに至っては、上級医が『大ベン(オーベン)』だからそれについて回る若い医師は『小ベン(コベン)』もしくは『子ベン(コベン)』で良いだろうということらしい。



コベンの発明者のセンスは素敵。












  1. 2012/07/25(水) 22:46:21|
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りゃくご倶楽部② 『カテ』と『オペ』をまとめて『切る』 後編

研修医の先生が
『将来はASD(心房中隔欠損症)やVSD(心房中隔欠損症)を切ってみたいです』
と言ったことに激怒したことがあります。二度とオレの前で手術のことを『切る』と言うな!!それは患者さんの尊厳を著しく踏みにじっていることを思い知れ!!と。

外科手術をすることを『切る』というのは誰が言い始めたかは知らないけど、初めてきいたのはテレビドラマの台詞だったと思います。それまでは『手術をする』とか『執刀する』とか『手術で治す』と日常的には言っていました。癌の手術ならまだしも、心臓外科の手術のほとんどは『切る』ことよりも『縫う』ことのほうが多いし、それが手術のメインだということも多く、切らずに縫うことで治す手術も多くあります。ASDやVSDに至っては、メインの処置では切るところは全くありません。

『切る』という言葉にどうしても外科医のおごりや勘違いを感じてしまいます。お腹の外科の先生の『癌を切る』はその性質を良く表しているし、その心意気すらも伝わってくるし良く理解できるけど、心臓外科医の『切る』はただの奢りでしかないとどうしても感じてしまいます。ましてや、オレが切る!!とか言う奴には、大根でも切っとけ!!と本気で言いたくなります。外科医の仕事は患者さんの体の中にメスを入れて、直接、手で治す『手術』に違いないけど、それを単純に『切る』ということにかなりの違和感を覚えます。1つは、そういう必要は全くなく、『切る』という単語を選ぶ必要が見いだせないということと、それこそが自分のアイデンティティを保っているかのような外科医の気持ちがキモチワルイ。切らせてもらう、とへりくだるのも逆に気持ち悪いし、それも違うと思う。僕たちのやっている手術を『切る』という一言に集約できるか?『切る』と言っている外科医の中の、ほらオレって患者さんを切れてかっこいいだろ?という気持ちを否が応でも感じてしまう。そこに命や患者さんに対する尊厳や尊敬を全く感じないのは僕だけでしょうか。




どっかのテレビドラマみたいに『オレが切る』とは僕は一生言わないだろうな〜。











  1. 2012/07/19(木) 04:55:14|
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